IE9ピン留め

運転  

前回のパリ滞在時に、K君はひどく貧しく暮らしていましたが、それは親のためでした。




無理をかさねて生活を切り詰め、父親の借金を肩代わりして何年間も払いつづけてきたのだそうです。




数千万を完済して最後の送金をすませたとたんに、力がぬけ、パリに居続ける気力をなくして突然の帰国を決めたそうです。




精神的な親とのつながりは薄いのに、経済的な関係だけはやたらと濃い、不思議な親子関係なのです。




そして、K君は今でも両親の生活をみているのです。父親が体を壊して働けないとはいうものの、年金だってあるだろうし、なぜそこまで経済的な面倒を見なければならないのか。




親にひきずられ言いなりになっているようで、久代はそれも嫌なのでした。




K君は感じやすい繊細な神経の持ち主です。傷つきやすさは今でもかわりません。切り捨てたらK君が辛い思いをする。それだけが久代をつなぎとめている理由でした。




K君への気持ちが離れ、自分でもどう決着をつけるべきかと悩みはじめたころ、久代は運転をはじめました。それまではペーパードライバーだったのですが、ふいに運転してみようかという気になったのです。




パリ市内を走れといわれれば無理だとしりごみしたでしょうが、久代の住んでいる地域は日中など通行量がほとんどなくて、練習するにはもってこいの状況でした。




きっかけは夫が小型車を購入したからです。帰国の知人に頼まれて断りきれず、買うはめになったのですが、夫には自分のアウディがありますし週末にしか乗らないので二台は不要なのです。




「ママが乗ればいいよ」
夫は済ました顔でいいました。




「運転くらいできるようになったほうがいいでしょ。買物だって自分で行けるほうが気楽でしょ」




運転する自分を想像して、久代も久しぶりに気持ちが明るくなるようでした。







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# by dr-nizard | 2008-10-27 23:12

飽きたのかも  

久代はK君を好きです。




恋愛感情はなくても愛情はあると思っています。




でも物足りないのです。飽きたのかもしれません。




感心しつつ見とれていた細くて長い指も、二年近いつきあいがつづいて、からませたり触ったりになれてしまえば、ただの指です。




会話の内容にも一定傾向ができてしまい、驚きもなければ発見もなくなりました。一緒にいてもつまらないのです。面白くないのです。




かつてK君が昔を思い出して、きれぎれに身の上話のような過去の話をしていた時期は、久代もそれなりに話に引きこまれました。胸を突かれることもありました。




祖母から引き離されて両親と暮らすようになった子供時代は寂しかったと思います。




貧しかったわけでもないのに、着せられるものは粗末な古着で、セーターの肘がぬけていたりボタンがとれたままだったり。友だちにバカにされ、ミジメな思いをしていたようです。




K君は中学のころから自分でボタンつけや繕い物をするようになり、洗濯も自分のものは自分で洗うようになりました。家に帰るのが嫌で、放課後も図書館で宿題をしたり本を読んだりしてすごしたそうです。








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# by dr-nizard | 2008-10-26 22:04

月の砂漠  

K君は立ち上がってキッチンのほうへ行きました。



コーヒーの支度をする音がしました。




彼はフランスの伝統的なコーヒーポットを使っています。




下部に水をいれ、中央部分にコーヒーの粉をいれて火にかけると上部にコーヒーができるという仕組みのポットです。




支度をしながら歌っていました。童謡でした。『月の砂漠』
ゆっくりした寂しい歌をさらにゆっくりと歌っていました。



月の砂漠を~は~るばると~~♪




胸をつかれました。砂漠をひとりぼっちで歩いている姿が映像になって浮かびました。




この人は人生をあきらめているのだろうか・・・。泥沼に半分つかり、もがこうともせず、沈むにまかせようとしているのか。・・・・・胸が痛みました。




K君は処世術というか、そのへんが下手なような気がします。




いまだに久代の夫にパリにもどった挨拶もしていません。




久代とこういう関係になってしまえば、その夫にたいして知らん顔で挨拶に行くのは無理だと分かります。




でも、パリのどこかで偶然に出会ったら・・・・どうするつもりだろうと久代はひそかに心配でした。東京にくらべるとパリははるかに小さな街ですから、その可能性がなくはないのです。




なるようにしか、ならない。





やむをえず割り切っているつもりでいても、大人になりきらないK君への物足りなさが、チリチリとわいてくすぶります。






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# by dr-nizard | 2008-10-23 00:57

ダメなりに  

久代が有能な主婦でないのは事実です。




何年パリで暮らしても、フランス語も相変わらず不自由なままです。





新聞も読まず(新聞はフランス語ですから、読めないのです)テレビの映像でその日のニュースを漠然とキャッチするくらいで、世界の動きも知りません。






料理はしますが、それほど得意なわけでもなく、家の片付けはぜんぜんダメだし、縫い物や手芸ができるわけでもありません。






夫に指摘されるまでもなく、自分は主婦としても人間としても無能だと心から認めています。






結婚当初は夫からからかい半分にダメぶりを指摘されると、愛情表現のようにも思え、夫に守られ包みこまれているのを感じ、幸せな気分になったものでした。





しかし年数がたち、夫婦であることに慣れきってからも連日のように繰り返されると、夫は否定するつもりもなく、軽いからかいだと分かってはいても、自分は本当にダメな人間なんだと思いこまされてしまいます。





最近は大学生の娘たちまで「ママって・・・・最悪・・・」と批判の目で見はじめるようになっています。フランス語は全面的に娘たちに頼っていますから、批判されても仕方がないと思っています。高校生の息子だけが以前のままにママを肯定してくれるのです。でも、息子もいずれ批判の目を向けるようになるだろうし、それは仕方のないことです。





家族の誰からもダメな妻、ダメな母親とみなされ、自分はダメだと思っていたのにK君だけが久代を久代のままで受けいれてくれたのでした。





K君を失う時がいつかはくる、と覚悟しています。そのときの空虚感、孤独感は想像するだけで恐怖がわきます。もう恋なんかしていないと思っていても、そうなのです。





失うときがくるにしても、それまではつなぎとめておきたい。





だから久代は、自分の今がK君の犠牲のうえになりたっていると感じるのです。





「K君、私を信用しちゃダメだよ。私は自分のことしか考えてないから、あなたは自分のことを自分でちゃんと考えなくちゃダメだよ」





K君にもそう伝えました。K君は笑っていました。








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# by dr-nizard | 2008-10-19 12:18

母のように  

動物的な強さでは祖母に負けても、母は懐の深い、愛情豊かな人でした。横暴な父にたいしてもはがゆいくらい従順でした。いろんな人が相談事をかかえて母のところに来ていました。





子供だった久代には弱さばかりが目について、母を肯定しきれませんでした。好きなのに、嫌いでした。





母のようにはなりたくない。自分を持った大人になりたいと思っていました。





年を重ねてみると母そっくりの笑い方をし、体を縮めるような遠慮がちな仕草をしている自分がいました。心の思いを押し殺して、押されれば退くのもそっくりでした。






久代が結婚したばかりのころは、夫や夫の友人から「思想がない」としょっちゅう指摘されました。意味が分からず説明してもらっても久代には思想という言葉が理解できませんでした。






「政治思想じゃないよ」とみんな冒頭にかならずつけるのです。政治思想がないといわれるなら久代もすんなり頷きます。どの政党に肩入れしているわけでもなく、政治活動をする気もありませんでした。政治思想はなかったと自分でも認められます。







今なら彼らが言おうとしたのは「生きる」ことにたいするオリジナルな自分の考え、という意味だったろうと推測できます。たしかに若い頃の久代は世間で言われることを鵜呑みにし、それで自分を縛っていました。人に笑われるとか、世間に顔向けできないとか「他人の目」が自分の判断基準になっていました。







その後、初めての子供が生まれて、自己認識が変わりました。それまでは自分みたいに意志の弱い人間は、赤ちゃんがお腹をすかして泣いていても、気がつかずに眠りこけているんじゃないかと思い、子育てみたいに根気のいる奉仕仕事は続かないんじゃないかと本気で心配していたのです。






実際に生まれてみると、どんなに疲れていても、かすかな泣き声でハッと目が覚めました。育児放棄など、ありえませんでした。母に愛されたように子供を愛している自分がいました。





久代はパリで出産し、パリで子供を育てましたから、姑に気兼ねすることもなく、のびのびできました。もしも日本で同居していたら母と同じだったかもしれません。そう思えるようになっていました。





子育てのおかげで子供時代のトラウマは払拭できた気がします。







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# by dr-nizard | 2008-10-18 13:38

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